東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7151号 判決 1956年2月25日
原告
岩間光司
被告
中村好
主文
被告は原告に対し金三万二千円及びこれに対する昭和二十九年七月二十九日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行できる。
事実
(省略)
理由
証人中村要、船橋儀三郎、岩間俊子の各証言及び原被告本人の各陳述を綜合して、被告の暴行については次のように認定する。
被告は自分の借地内に倉庫を建てる必要上、昭和二十九年三月十九日、原告の借地との境界に設けてあつた板塀を人夫を使つて取りこわさせた。その際人夫がその場にあつた原告側の杭を引抜いてしまつたので、これをみて原告が内心不満に思つていた矢先、右両者の間に地境についての争が生じ、双方言い争つているうち、原告が被告に、他人の杭を無断で抜くのは泥棒だといつたので、被告がそんな覚えはないと応じ、両者掴み合いとなつた。この間被告は原告の頭部等を手拳で数回殴り、或は蹴る等の暴行を加えた。原告は自宅へ逃げ帰つて金物を手にし、被告も又その場にあつた角棒を取り上げて身構えたが、来あわせた訴外中村要、船橋儀三郎等に引きわけられて、喧嘩は止んだのである。
証人駿河敬次郎の証言及び同証言により真正に成立したと認められる甲第一号証並びに証人岩間さだ子の証言及び原告本人の陳述を綜合すれば、原告は被告の右暴行によつて頭部打撲症、前額部血腫右前胸部打撲症を蒙り、医師の治療をうけたが容易に全治せず、現に頭痛や眩暈が続き、就労不能の状態にあることが認められる。しかして、駿河証人の証言と前段認定の暴行の態様からすれば、原告のうけた傷害は通常の場合なら約二週間で全治する程度の軽傷であるが、たまたま原告に頭部傷害の既往症があつたため、異常の症状を惹起したものであることが認められ、被告においてかかる結果を予見し、又は予見できたものであつたことはこれを認むべき証拠がないので、被告は全治約二週間の傷害を加えたものとして、原告の蒙つた損害を賠償する義務があり、又、この損害を賠償するをもつて足るものといわねばならぬ。
なお、原被告間の本件の格闘は、前段認定のように、いわゆる喧嘩争闘であつて、被告の暴行行為を正当防衛と認むべき事情は存在しないし、原告が被告を泥棒呼ばわりしたからといつて原告において徒に喧嘩を誘発したものとも認め難いので、原告に過失の責があるとなすことも妥当ではない。又、被告の主張するような和解が成立したことを認めるに足りる証拠もないから、賠償責任に関する被告の抗弁はすべて採用できない。
原告が被告の暴行によつて蒙つた損害で、被告の賠償すべきものは次のとおり。
(イ) 証人岩間さだ子の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一乃至六及び第三号証によれば、原告は昭和二十九年三月十九日から同年四月二十八日までの間医師の治療代として金五千四百十円、同じく同年五月二十日までの間に氷代として金三千四百六十円を支払つたことが認められるが、全治約二週間の傷害の治療費としては金二千円をもつて足ると認められるので、被告は右治療費のうち金二千円を賠償する義務がある。
(ロ) 証人岩間さだ子の証言及び原告本人の陳述によれば、原告は本件事故当時電気請負業を営み月収約四万円を得ていたことが認められるから、右事故の日から約二週間の間に金二万の収益を失つたものと認定する。
(ハ) 前記認定の事実及び本件記録に顕われたすべての証拠を綜合すれば、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては金一万円が相当である。
以上の次第で原告の本訴請求は、右合計金三万二千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年七月二十九日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があり、その余は理由がない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井良三 藤本忠雄 杉田洋一)